宣教活動のシステムの違い:高柳黛会談(6)

「高柳黛会談」【乙第63号証】の続き。


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黛:  とにかく、従来の日本には全く無いシステムですよね。その辺はやっぱりなかなか理解されにくい点はありますよね。ええ。とにかく、ほとんど、ご存知でしょうけど、日本のキリスト教会は、みんな神学校はそれぞれの教団と関連がありますからね。教団と関係無しに神学校自体からそのまま卒業して按手礼を授けられてすぐに、ということはあり得ないし、うちの教団なんかでも、神学校を卒業して按手礼を受けるまでに、最低何年も、三四年、どうしても必要なわけで、卒業してすぐ抜手して、按手して正式な一員として牧師としてということは、ちょっと普通の日本のキリスト教会の中では、ちょっとまだあり得ない世界なので、その辺がやっぱり、そのシステムとして、ちょっとまだ受け入れられない部分がまあ、あるでしょうね。

高柳:  献身者の数が限られてたりですとか、牧会者不足というのもありますし。で、一旦そこで勉強してある程度行ってしまうと、牧師をしてもらわないと困るような、たぶん雰囲気もあるんじゃないかと、私なりにはちょっと考えているんですけども。そうですね、でも、福音というのは、もちろん教会の中で、伝道の中で伝えることも大切ですけども、こう、社会の中で、ノンクリスチャンたちも導く手段としては、ほんとうに多様であってもいいわけですよね。だからその、ほんとに、このう、神様の創造のみわざを知ったデザイナーが、デザインをすれば、ほんとにそこに神様の恵みが、やっぱり人々も、あ、心のきれいな人がデザインをしたんだと、やっぱり感じると思うんですね。みんな神様が創造された人間ですから、やっぱり神様の働き、臨在というのも、みなさん感じると思うんです。ですから、そう言った豊かな、福音の豊かさを、さまざまなかたちで表現出来て行く場所として、あのう、ネットワークをきちんと整理して、そしてまた、あのう、豊かに活用して行くと、そういうふうにビジョンを抱いているわけなんです。クリスチャントゥディも、立場としては、福音主義、保守派です。結構、保守派だと思います。カトリックは報道しませんし、信仰的には、私は共産主義ですとか、ああいったところは、断じて批判します。彼らは、あのう、神様を持ってませんので、批判しますので。ええ、でも、社会的な運動も、じゃあ、NGOとか救済活動とか、必要じゃないかと言ったら、そうではないですよね。キリスト教的な、あのう、精神を持った団体は、必ず必要で、そういった方々が業界をリードして行けば、ほんとうに素晴らしくなって来ます。そういったものは、報道して行くべきです。教会の方々にも、知っていただいて、どんどん支援するべきです。で、そういうのを支援することによって、人々、周りのノンクリスチャンを、ああ、クリスチャンというのはこういう働きもするんだ、で、教会にも興味を持っていただけますし。また、あのう、ただ、中心となるのは神様の御言葉ですから、これは絶対に揺らいではいけないですよね。だから、そこはきちんと、中心を据えて、報道をして行こうと思っていますので、まあ、最初に確かに私もちょっと、まあ、やり過ぎ、たとえば同性愛とかは絶対だめだとか、そういうふうに、あのう、言い切ってしまったこともあって、まあ、信仰としてそういのはあって当然なんですが、それを、もうちょっと出し方というのを考えてですね、やれば良かったなというのを思いますけども。

(続く)


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by sinso_christianto | 2018-07-30 10:29 | 高柳黛会談(クリスチャントゥデイ資料) | Comments(0)