クリスチャントゥデイ設立まで:高柳黛会談(1)

「クリスチャントゥデイ裁判」以前に、高柳泉氏(クリスチャントゥデイ社長・当時)と、黛藤夫(元統一協会信者・日本イエスキリスト教団荻窪栄光教会牧師)の間に会談がもたれていた。
黛藤夫牧師は、統一協会からの脱会相談などで有名な牧師である。
黛藤夫牧師についてはこちら:http://eiko-church.com/guide/pastor/

この対談はクリスチャントゥデイ裁判においては、被告側(Y少佐側)の証拠として提出されているものであるが、「クリスチャントゥデイ創刊の経緯」や、「問題となる張在亨氏の人物像」など、ほぼすべてにわたって、双方の疑問と回答が自由に語られており、極めて公平な立場の記録となっている

クリスチャントゥデイ問題の「全貌」を把握する上で貴重な資料であるため、ここに公開する。

「高柳黛会談」の全体はこちら:https://sinsochristiantoday.exblog.jp/i6/


【乙第63号証】

反訳書

標題 高柳黛会談
会談者 高柳泉 株式会社クリスチャントゥデイ代表取締役
    黛藤夫 日本イエス・キリスト教団荻窪栄光教会主事
日時 2006年10月22日(日)午後
場所 東京都杉並区南荻窪4丁目6番地11号
   日本イエス・キリスト教団荻窪栄光教会
時間 1時間27分3秒


高柳: えーと、何から最初話したら。

黛:  とりあえず、一言最初にお祈りさせてもらってもよろしいでしょうか。はい。それではお祈りさせてください。天のお父様、尊い御名を崇めます。本日このようにして高柳様とお会いすることが出来、ありがとうございます。このことも、あなたの奇しき御手の中にあることを信じております。どうぞ神さまが助けてくださり、ほんとに、あなたのもとにあって、何が正しいことであり、また、何があなたに喜ばれることであるかを知らしめてください。そして、どうぞ正しい判断をすることが出来ますように。またどうぞ、これから歩むべき道を神様が導いてください。互いに何か誤解しているところ、間違っているところがあるならば、どうぞ神様が正しい道を示してくださり、そして、共に良い方向に向かって進んで行くことが出来ますように助けてください。しばらくの時、神様が、恵みの御手をもって守ってくださるように、導いてくださることをお願いいたします。信じます。御手に委ね、イエス・キリスト様の御名前によってお祈りいたします。アーメン。

高柳: ええと、ブログの方は大体もう、ずっと御覧になっていたんですか。

黛:  ええ、まあ、そうですね。とにかくまあ、クリスチャントゥディも、とにかく、すぐ出て来ますよねえ。まあ、いろんなクリスチャントゥデイも、とにかくいろんなところに情報が出て来るけど、以前から、やっぱり、あ、ほんとに問題無いとおっしゃる方もおられるし、ちょっとやっぱり怪しいと、まあ正直言いますよ、おっしゃる方も当然おられるので、果たしてどういうところなんだろうか、ということは、やはり、まあ、最初から疑問を感じていたし、ま、私自身もこの前最初にメールでも送りましたごとく、創刊された当時、これがどのようなメディアなんだろうかということは、やはり、当然気になりますよね、ええ。普通これだけのことをやるためには、やはり、それなりの準備をしっかりやってから、まあ、やるっていうのが通常であるのに、まあ、そういった事前の話が何もなく、ある日突然これがパッと送られて来たと。それで、これだけのことをやるため、そういうのを何も無しに突然始めるという、これはいったいどういう団体がやってんだろうかと、ええ。

高柳: ほんとうにその件につきましては、私もよく、あのう肝に銘じておりまして。ほんとうにまったくですね、あの、アメリカのクリスチャンポストの働きを私、知ってましたので。アメリカと言いますと、一般的に、こう、キリスト教の文化ですから、そんなに、こう、あ、また新しい団体が新しい働きを始めたのかな、という程度で、受け入れられて行ったのを、私が見たんですね。その時はまだ、紙の媒体は出す直前だったんですけども、ちょうどそちらからですとか、韓国のクリスチャントゥデイですね、あの、紙の新聞を出しておりまして、その中で、あの、いろいろアドバイスを受けながら、日本の方も、紙の媒体を準備して行ったんですけども。あの、各所ですね、たとえばクリスチャン新聞さんですとか、救世軍さん。あの御茶ノ水界隈のところには、一度だけですね、紙媒体を出す前に挨拶に行ったんですけども、その後、特に何もしてなかったんですね。で、あとはまあ、出してから少しずつ、自己紹介ですとか、そういったものを少しずつして行けば大丈夫だろうな、という考えがありまして。で、周りの方々とのお話の中で、やっぱりそれがちょっと、これまでにない始まり方で、かなり、たとえば、いのちのことば社さんの方も、びっくりしたと。何が始まったんだ、ということで、かなりあのう、騒動になったような話を聞いたんです。ですからまあ、その点をほんとうに、私の方にも不があったと思いまして。ええまあ、そうですね、ただまあ、それと同時にですけども、もうちょっと私も、なかなか私のお話の機会が与えられなくてですね。その、具体的にどういったビジョンを持っているのか、ですとか、そういったのをなかなか話す機会を与えられなくてですね。それで、結構ずるずる来てしまった感じなのかなと思いますね。というのは、そうですね、紙の新聞を出して間もなくだったんですけども、調査会社の方がですね、事務所をいきなり訪れられたり、あとはたぶん、日本基督教団の牧師先生の方々だと思うんですけども、突然五、六人の方がですね、事務所にいらっしゃいまして、どういったことをなさっているんですかと、いろいろお話はしたんですけども。私の方でも事前にきちんとしたお答えみたいなものを準備してなかったもので、その場で、あのう、こういったビジョンで世界的なネットワークを作り上げて行こうと始めました、ということでやったんですけども。そうしているうちに、事務所の方が渋谷区の神泉町と言いまして、統一協会の本部のすぐ隣りなんですね、道路を挟んで。全くそれを知らなくてですね。しかも、ビルの名前が松涛ハイツって言いまして、で、中には統一協会と同じ建物の中にあったとか、そういった噂も流れたんですね。それで、ああ、ちょっと、まずいことになって来たなと。それで、私の方からは、いや、全然関係がないんだと。ほんとうに私がアメリカで、そのビジョンをもらって、それで始めたものなんだと。そういったように説明をしたんですけども、なかなかですね、話が進展を見せませんでしたので。その中で、二部、三部、二号、三号と出したんですけども。そうこうしてるうちにですね、あのう、クリスチャン新聞さんが韓国のニュースエンジョイという新聞の報道をご覧になりまして、それで、それを和訳されて、福音同盟に報告されたんですね。こういう情報が韓国の方にありますと。それでJEAの方々は、それを見て、あ、これはちょっと危ないんじゃないかということで、関係の方々に、すぐそれを配布して、内部だけなんですけども。で、そこから結局はその、定着してですね、で、周りの他の方がクリスチャントゥデイはどういう存在なんですかと、問い合わせた時に、ああ、あそこはどうやら統一協会だ、ということで、ほんとうにあのう、私としましては大変な目に遭いまして。また、牧師先生方から言われますのは、ほんとにびっくりしたと。ちゃんと説明しなさい、ということだったんですね、ええ。まあ、それが日本で、私が最初にクリスチャントゥディを始まって数ヶ月の出来事ですね。ええと、どのような。

黛:  とにかく私もどういうところかわからないと。その辺も、私もすべてを知っているわけではありませんので、まあごく一部しか私もたぶん把握してないと思いますので、ええ。まあ、ほんとうにねえ、まあ、確かに高柳さんがそういったビジョンを持って、あれで、まあ大体されたのはいいと思いますけど、やっぱりあれだけの新聞をやるためには、それだけの組織がやっぱりないといけないわけですよね。お一人だけではとても出来る働きではないので、ええ。そういう組織は、何か組織の背景というのは、何かあるんですか。

高柳: ええ、はい。これがですね、私が、あのう、周りの方々の反応を見て、ちょっとまあ、率直に言うと、びびってしまいまして、そのう、どうやらちょっと歓迎されてないような感じだと、いうことで、あのう、ブログの方にも掲載されていましたけども、そのう、ソフィア教会の話ですとか、そちらもですね、待っといた方がいいんじゃないか、というふうに判断しまして、話さなかったんですね。ですから、黛さんに、あのう、Eメールで私の簡単な生い立ちみたいのをしましたので、そこから順を追って話すと結構わかりやすいですかねえ。

黛:  はい、ありがとうございます。

高柳: あのう、両親がクリスチャンの、クリスチャンホームに生まれたんですね。信仰の歴史としては、父が学生、中学の頃だと思うんですけど、地元の教会に通い始めて、そこから信仰が始まったというように聞いています。母の方は、高校卒業しまして、就職した後に、してから教会に行くようになって、そこで二人が出会いまして、結婚したんですね。そこが、あのう、群馬県の太田聖書バプテスト教会といいまして、牧師が能吉雄牧師ですね。最近ちょっと連絡を取ってないんですけども、一、二年ですね。ここで生まれまして。

黛:  はい。私も群馬県出身なんですよ。

高柳: ああ、そうなんですか。

黛:  松井田ですが。松井田、西側の端の石佳氷峠の下の方ですが。

高柳: ああ、なるほど。群馬県の人はすごく温厚で、僕は少したまに気性が激しいところがあるんですが、でも、見てわかる、というふうに言われますよね。

黛:  まあそうでしょうか。お手柔らかに、お互いに。

高柳: で、あのう、幼稚園もそこ、付属がありましたので、そこの幼稚園に通いまして、で、まあ小さい頃からほんとうに聖書の話というのは普通に聞きますよね。幼稚園でも聞きますし、あのう、礼拝は毎週守りますので。それで、小学校に上がる時に、父の転勤の都合で、茨城県の土浦市に引越ししまして。土浦市ですね、あの、転勤の関係で、引越ししまして、そこに定住したわけなんですけども。そこで両親が教会生活続ける上で問題となったのが、バイブル・バプテスト・フェローシップの教会が無いんですね。茨城県の教会が未開拓ということで。あのう、BBFというと結構保守的なので、バプテストということにほんとこだわりますし、同じ教団というんですかね、中で選んで行きたいということだったので、そのう、毎週片道二時間をかけまして、群馬県まで通っていたんですね。それでずっと、私がまあ小学校卒業するまでは、ほんとうに毎週通ってたんですけども、小6の時に私、バプテスマを受けまして。ええと、2月の12日ですね。1989年の2月12日にバプテスマを受けました。聖書の裏に書いてあるんです。で、あのう、中学高校になってきますと、結構、部活動とかに入ると、日曜日でやっぱり練習に来てほしいとか、試合があるとかで、参加が難しく、礼拝に毎週二時間かけて行くという、そういうのを、渋るようになって来たんですね。で、父とか母の方も、仕事が忙しくなって来まして、で、頻度としては隔週で、群馬に通うようになって。で、私が高校に入る頃には、弟、妹もいるんですけども、それぞればらばらになって来ますよね、生活というのが。そういう関係があって、そこまで頻度を保って行くのが難しいということで、聖餐式の第一の主日だけ、群馬に行くことにしまして、残りの週は、ええ、牧師の承認を得まして、家庭礼拝とかですとか、近くに昔から交流のあった単立のバプテスト教会があったんですけども、そこに、まあたまに通うようになったんですね。で、私は高校卒業と同時にアメリカに留学をしまして、カリフォルニア大学のロサンゼルス校なんですけども、UCLAですね。あそこで心理学を勉強しました。そこはまあ、編入で入ったんですけども、その前はまあ、オレゴンの大学で二年間勉強しまして。

黛:  すごいですね、へえ。

高柳: そうですね、UCLAですね。心理学、カウンセラーになりたかったんですね。バプテスト教会、バイブル・バプテストの教会で、私の年級を担当されてた先生が自殺してしまいまして、で、私がすごくショックを受けたんですね。それで、人の精神的な病ですとか、そういうのにすご,く、あのう、そういう方々に仕えて行きたいという気持ちがあって、アメリカでカウンセリングの勉強をして、そういった職に就いていきたいというふうに願いまして、アメリカに行ったわけなんです。それでですね、ええ、UCLAといいますとCCCの発祥の地でもありますし、あとご存知かと思いますけども、ACM、アポストロス・キャンパス・ミニストリーもあそこから始まったんですね。私はあのう、UCLAに行きながら、いろいろなそのフェローシップに参加する中で、ACMとも出会いまして、そこがすごくあのう、聖書の勉強を熱心にやるとこなんですね。団体としても、すごく著名な牧師先生がきちんと代表に就かれていまして、組織としてもしっかりしていたので、その当時はまだカリフォルニアだけだったんですけども、ええ、たくさん勉強するようになりました。で、進路をやがて考えるようになったときに、私としては、すごくあの、こうやって宣教師として奉仕するのもいいし、まあ実は小さい頃からも牧師にもなってみたいとか、そんなクリスチャンならみんなけっこう思いますよね。そういったことも考えるようになって、それだったらあの、そうですね、神学校に進学して、勉強しながら意志を固めたらいいんじゃないかな、ということで、神学校に通うことにしたんです。ただあのう、まあ、両親の経済的な面もありますし、あまり新しくさらに次の学校に移ってというのはどうかなとも思って、ACMの人たちに相談しましたところ、そのネットワークの中に神学校でOTCSという、これがオリヴェット。

黛:  オリヴェット大学という。

高柳: そうですね。今のオリヴェット大学の神学カレッジとして今、中に入ってますけども、最初OTCSとして始まってですね。資料をお渡ししますね。これがオリヴェット大学ですけども。サイトですね。これがその中にあるOTCSですよね。学長があのう、ウイリアム・ワグナー博士と言って、サザンバプテストの副会長だった方です。ええと、OTCSですね。これがOTCSとオーストラリアにあるサザンクロス・カレッジという、これがあのう、アッセンブリーズ・オブ・ゴッドの直系の神学校なんですけども。ホームページだけなんですけども。

黛:  まあ別に、URLがわかればなんとでも。

高柳: ここと、ここがですね、提携してまして、韓国のクリスチャントゥデイが、ここを結ぶオンライン・カレッジを運営してたんですね。そこで受講してはどうかと。そこだったらあのう、UCLAでアメリカに在住している間も、インターネット上で講義を受けて、単位を取得出来るので、ということで、あのう、すごく理想的で、あのう、学費もそんなに高くなかったので、十分に、あのう、学費の方は奨学金、UCLAの奨学金でまかなってましたので、こっちの方でしたら、あの大丈夫ということで、相談しまして、で、あのう、受講したんです。それで、そこで神学の方を私は勉強したんですね。始まったのが2000年の夏。夏ですね、これを始めました。で、あのう、UCLAを卒業して、あ、単位を取得して、というのは、UCLAは単位を終えないうちに一時期帰国したので、で、OTCSを卒業しまして、OTCS-SCCのカレッジですね、卒業して、進路を考えたんです。クリスチャンポストの代表と私がアメリカのLAにいるときに知り合いまして、メディア伝道といいます、ま、伝道と言いますか、クリスチャンポストはクリスチャン向けなので、ま、伝道という言葉はちょっとあてはまらないかもしれないんですけど、キリスト教の声を一つにしていくというビジョンですよね。それで、世界中のそういう声をネットワークで結んで、それで大きなキリスト教の言論を築いて、その世の中の、たとえば、社会主義ですとか共産ですとか、いろいろな勢力に対抗する大きな声を作り上げて行こう。そういうビジョンがあるんですね。そういう働きがあって、日本でもそういう働きが出来たらいいんじゃないかと私が思いまして、当時、まあ、クリスチャンポストには記事を提出したりとかして参加したんですけども、具体的に卒業するにあたって、日本で始めることにしたんです。で、帰国したんですね。ええ、そこでですね、卒業しまして、新聞のビジョンを持っていたんですが、先ほどもおっしゃったように、あの、こう、組織が必要とういようにおっしゃったんですよね。やっぱり、記者とかが必要ですよね。で、きちんと福音的な視点を持った記者ですとか、その、ネットワークが必要ですので、そういうのも考えまして、それだったら、日本の開拓教会を開いて、そこで奉仕しながら、あのう、そういう時を待ったらいいんじゃないですか、というかたちで、あのう、相談の中で、アドバイスを頂きまして。で、そのOTCS-SCCが卒業する時にですね、全員をそのインターンの牧師として接手を授けるんですね。それで、各地に自由に出て行ったときに、きちんとしたかたちで教会を開くことができる、ということですね。卒業生全員ですね。インターン牧師としてですね。それで私が、あのう、ソフィア教会を開拓したんです。それが2003年の5月ですね。按手が2003年の5月17で、ほんに、なんであそこまで正確に知ってるのかなと思ったんですけども、ええ。その按手を受けて日本を開拓しまして。それで、クリスチャントゥデイの事務所も、同じビルの中に二つフロアーを借りて、ひとつは教会で、ひとつはクリスチャントゥディで、きちんと分けてやったんですね。で、契約名は、あのう、最初私個人の名前だったのですけど、日本ですと教会だと契約が出来ないんですね。ですのでまあ、クリスチャントゥデイの名前で契約しまして。それでまあ、最初は、5月、6月ぐらい、あのう、伝道中心にやってたんですけど、これから新聞をやって行く上で、きちんと私の所属というものをはっきりさせて、従事するものを明確にしないといけないと思いまして。で、教会の方なんですけども、その、韓国の大韓イエス教長老会合同福音総会ですよね、あちらが、ジャン・ダビデ先生の教団ですけども、あの方は、あのう、OTCSの学長だったんですね。当時はまだオリヴェット大学はなかったんですけども、OTCSが韓国の神学校でして、そこの学長が、ええ、ジャン・ダビデ。

黛:  その方がちょっと問題になっている方ですね。

高柳: 問題だった方ですね。

黛:  その方が話題の中で、合同結婚式に参加しているし、鮮文大学の設立当時にも関わっておられるということが出ているわけですよね。

高柳: その辺はいろいろ複雑な事情があって、私も説明は聞いております。で、あのう、過去の韓国のキリスト教会の状況とうのがすごく、そのう、混沌としていたと言うか、統一協会も最初は、ほんとに異端性を発してたわけじゃなくて、いろいろなキリスト教の新しい動きの中の一つとして認識されてて、たくさんの牧師たちが、最初の頃は、そのう、統一協会の集会に参加したりですとか、聖書の説教を聞きに行ったりですとか、交流が盛んになされてた時期だったというふうに聞いているんです。私は過去のことはよくわかりませんけども、やはりその、もともとですね、ニュースエンジョイが引用した情報っていうのも、統一協会の内部の情報で、統一協会寄りの視点で書かれてるわけじゃないですか。それを基に記事を書かれましても、私としては、統一協会と言うと今はカルトですから、異端カルトですか。

黛:  一応私自身は統一協会問題対策をずっとやっておりますので、まあ、いろんな部分はありますが、一応はおっしゃりたいことは、ずっと状況は、出来るだけちゃんとお伺いしたいので。

(続く)


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by sinso_christianto | 2018-07-29 09:18 | 高柳黛会談(クリスチャントゥデイ資料) | Comments(0)