敬愛する「坂井能大先生」のこと(2)

前回は、救世軍元大尉「坂井能大先生」の「隠れた苦悩」についていくつかの資料を取り上げ、考えてみた。


今回はその坂井能大先生が、どのように自らの「召命」を考えておられたのか、救世軍広報「ときのこえ」の士官学校入学時点での坂井先生の言葉を、掲載してみよう。

若き坂井能大先生の、「熱く・清らかな信仰」が伝わってくると思う。

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(献身のあかし)

インターネットを通して『召しの声』を聞き

坂井能大

 小さいころから、外国文学を読むのが好きでした。その中では、聖書や、聖書の中の人物が登場していました。また神に祈っていました。不思議なことも数多くありました。

 例えば、『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャンが、銀の職台を盗み捕まった時、持ち主の神父は「それはあげたものです」となぜ答えるのか? 『若草物語』の牧師の娘たちは、貧しい人たちを助けることができたとなぜ感謝【以下数文字判読不能】でした。でも自分もそうしたいな、と思いました。

 高校で、ギデオン協会の新約聖書をいただき、初めて聖書を読みました。なるほど、あの神父や牧師の娘たちは、命じられたことをしただけなんだな、とわかりました。何となく信じていた神さまを信じたいと思いました。「キリストを私の救い主として受け入れる決意」をし、署名しました。神さまを信じ、それなりに正しく生きて行けば、わざわざ敷居の高い教会に行く必要はない、と思いました。

 数年後、友人に誘われ、救世軍機恵子寮の小学生たちと一緒にキャンプに行きました。その後、キャンプやバザーには、極力行くようにしました。

 バザーのお手伝い中に、救世軍のパンフレットをいただきました。キリスト教の一派で、古くから社会福祉事業をしていること、同時に小隊があることを知りました。


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 今から三年ほど前、ふとインターネットで「救世軍」を検索したところ、幾つかのサイトと本営のホームページを見つけました。当時は、本営のページは頻繁に更新されていましたので、毎週『ときのこえ』や「バイブルタイム」を読んでいました。

 ある時、『ときのこえ』の一九九八年十一月一日号「考えてください!」を読みました。そこに「キリストに【以下数文字判読不能】の力によって生活し歩んでいく男女を必要としている。」また「『召しの声』は聖霊の暗示であり、必要に気づくこと、神の業と救世軍の働きに貢献したいと望みを抱くことなのです」とありました。救世軍人ではありませんでしたし、品行方正というわけでもなかったのですが、これは絶対に小隊に行かねばならない、そして士官志願をしなければならない、と思い小隊へ通い始めました。そして現在、士官学校への入校が許され、感謝です。

(一年候補生・杉並小隊出身)

(2002年4月15日救世軍広報「ときのこえ」第2382号)



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by sinso_christianto | 2018-07-27 09:44 | 評論(クリスチャントゥデイ裁判) | Comments(0)